手塚治虫「アドルフに告ぐ」についていくつかの覚書

twitterをちまちまチェックしていると、こういう発言に出くわした。
発言の主は菅家しのぶさん(@Sugaya03)。
お笑いの評論家として活動している人らしい。

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(菅家氏のtwitterから)

この間の嘱託殺人事件でナチスの優生思想がクローズアップされていたこともあり、私は彼と引用ツイートを通じてやりとりした。

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(私の返信に対する菅家氏の引用ツイート)

彼が紹介した映画は「お名前はアドルフ?」というドイツのコメディー。
ちなみに今年、日本ではアメリカの「ジョジョ・ラビット」、アメリカ・ドイツ合作「名もなき生涯」といったナチスを題材に採った映画が公開された。
菅家氏が紹介した「お名前はアドルフ?」の公式サイトで予告編を見たが、登場人物がヒトラーを「独裁者だ」と唾棄するなど、彼が率いたナチスドイツを批判している前提で物語が進められていると分かった。
そらそうだろうね、ナチスをのさばらせたことに痛苦の歴史的教訓を得たドイツの映画だもの。
私はここで手塚治虫が残した名作「アドルフに告ぐ」を議論の俎上(そじょう)に上げてみた。
そしたら、小学時代に同作品を読破したと誇る菅家氏の認識はこうである。

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(いずれも同上)

おいおい。
「手塚はヒトラーに魅力を感じていたから漫画の題材にした」「手塚はヒトラーを決して否定的に描いていなかった」だとよ。
これって平たく言って手塚への冒涜だと思うのよね。
そういう主張の根拠として、菅家氏は「ヒトラーの、一人の人間としての心の揺らぎや移ろい、不安を描いていたから」てのを挙げている。
そらあそうでしょ。
「アドルフに告ぐ」で、手塚はヒトラーに「実はユダヤ人」という設定を与えたのだから。
ユダヤ人を心の底から憎み、ホロコーストを実行したヒトラーにはユダヤ人という出生の秘密があった。
そうしたフィクションを前提にしているからこそ、手塚は苦悩するヒトラーを描いた。
アセチレン・ランプやハム・エッグ、スカンク草井など悪役を魅力的に描くのは手塚の十八番である。
ヒトラーの描写も手塚の流儀の延長線上にあるとみて差し支えなかろう。

ちなみに「アドルフに告ぐ」の序盤で、ヒトラーが演説でひたすらユダヤ人をなじる…今でいうヘイトスピーチ…を聴いた狂言回し役の峠草平が、熱狂する聴衆をよそに冷静に彼の演説手法を分析しているくだりがある。
また物語終盤でヒトラーの死が描かれるが、狂人と化した彼の計画は側近中の側近たるゲッベルスに「世迷い言」と破棄されてしまう。
ついには「一人のユダヤ人を射殺してほしい」というボルマンの命を受けたゲシュタポのランプにより、自殺を望んでいたヒトラーはみじめにこめかみを撃ち抜かれたのだった。
史実以上に悲惨な最期を遂げてしまったヒトラーを手塚は粛々と描いた。
だのに「手塚はヒトラーを魅力的な存在に感じていた」「決して否定的に描いていなかった」てのは、世迷い言が過ぎやしませんかね。

手塚について著した書籍も発表している漫画評論家の石子順は、日本共産党の機関紙「しんぶん赤旗」2018年2月16日付にて、生前の手塚が「アドルフに告ぐ」を描いたのをこう述懐したことを紹介した。
「私が戦争体験者として第二次大戦の記憶を記録しておきたかったためでもありますが、なによりも、現在の社会不安の根本的原因が戦争勃発への不安であり、それにもかかわらず状況がその方へ流されていることへの絶望に対する、私のメッセージとして描いてみたかったのです」(『未来人へのメッセージ』岩波ブックレット)
大阪大空襲を受けても必死の思いで生き延びた手塚は「アドルフに告ぐ」に登場した本多芳男のように、戦争のない世の中を願って漫画を描き続けた。
若き評論家で生前の手塚の発言をろくに知らないという菅家氏には、これを機に手塚が残した平和への思いを存分に調べ、おのれの血肉にしてほしいと期待する次第である。

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